日本公演に向けて
演劇は時代の精神、そして眼とならなければならない
今、演劇は変化の時を迎えなければならない
国を越えて、〈時代の精神〉、〈時代の眼〉、
そして〈新たな千年のアート〉の可能性を探る − Kim Sang Soo
2001年、新たな千年の始まりだ。人間の未来に希望はあるのか。さもなければ、21世紀の人類は世紀末論的な問いの前で手をこまねき、立ちつくすだけなのか。現実を見つめるというのは、このような両極の錯覚だけではないはずだ。今日の私たちの世界は、この問いと理解に対する作業をどの時代よりも複合的に考えることを迫られている。人間を規定するすべての制度とともに、人間の内部に宿る認識と変容を、歴史を理解することで考察しようとする努力は、人間の歴史という名のもとで当然の作業である。
今の私たちに必要なのは、徹底的に自己を省みる思惟である。私たちは独断と否定、ディスコミュニケーションを乗り越え、人間の言語に粘り強い関心を持つ意外にはない。なぜなら、私が劇作家であり、演劇というアートにかかわっているからだ。社会と人間に対する新たな思考、それに対する信頼がなければ、希望さえないのではないだろうか。
人間と人間、自然の中の人間、人間と宇宙、この相生の問題ほど、新たな千年を鋭く問う ものはどこにもないのではないだろうか。暴力的、破壊的な文明の代案として、今更のごとく人間の存在とは何かを問わなければならない。由緒深い人間は、人間の名のもとで再び立ち上がらなければならない。今回の〈島−isle〉のテーマはまさにここにある。
今回、大阪での〈島−isle〉の公演にあたっても、これらの問い、テーマは同じだ。私にとっては、どこで演劇を作ろうが、どこで公演をしようと、大きな差はない。どこにおいても、演劇は時代の精神であり、眼となりうるからだ。
しかし、重い歴史と現在を共有する日本と韓国、そこから垣間見える人間の存在、そこに希望を見出す作業を日本のアーテイストたちと共に可能にすることができるならば、それは国という概念を越えて、一つの大きな普遍と出会うこととなるであろう。そして、まさにこれこそアートの可能性である。
ますます疎通とコミュニケーションが必要となる21世紀、その作業を今、日本で始めようと思う。今回、私のこのような仕事に重要性を感じ、支援をくださる大阪市、また各関係者諸氏に感謝を述べると共に、多くの方々がこの公演を見てくださること、そしてこの公演が日本と韓国の真のコミュニケーションとなるよう多くの方々にご協力をお願いしたいと思う。